2010年9月28日火曜日

始皇帝の一日

起床。まだ日の出前で外は暗い。正直まだ寝ていたいが、威厳を保つため誰よりも早く起きる。能天気に寝ている伴の女に向かって「朕は史上初の皇帝、すなわち始皇帝じゃ」とひとりごちる。いつもながら格好良すぎる自分にうっとりする。

上々の気分で執務室にいくと、決裁待ち書類が大量に積まれていて朝から萎える。重さにして庭石一個分はありそうだ。側近の者に「何をこんなに決裁することがあるのだ?」と問うたら、「あなた様が、朕がこの国の全てを決めるとおっしゃったので…」と口ごもっておる。まったく使えないヤツだ。言葉の機微というものを理解していない。こんなことに時間を使ってられないので、配下に適当に丸投げする。

朝の食事。「東西の珍味をふんだんに使ってございます。また不老不死の薬をふんだんにもりこんでおり、この不老不死の薬は東方では丹砂という名で知られていまして…」云々とあぶらぎった顔の料理長が能書きを垂れる。どれどれ・・オエー。あまりの不味さに顔がこわばる。こんなものを食べてたら、不老不死どころか明日の命すら危ういのではないか。とりあえず料理長は本日付で解任、明日から養豚場で豚の世話をさせることとする。

午前中は報告会。国内各地で起こっている出来事の報告が次々と上がってくる。近頃の報告は長城の建設の進捗状況に関するものが多い。どいつもこいつも「人手が足りない」だの「工期が短い」だの不満ばかり口にしやがる。この歴史的事業に携わることのできる喜びをかみしめてほしいものだ。

2010年9月25日土曜日

現実主義のすすめ

大河ドラマの影響もあって、日本では坂本竜馬人気が再燃しているとの由。
私も学生時代、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで「こうありたい」と思ったクチなので、作中で描かれた竜馬のキャラクターとその魅力はよく理解しているつもりである。

竜馬の人物像が象徴的に描かれているのは以下の場面であろう。

大政奉還ののち竜馬は新政府の役職とその候補者について草案を策定する。其の中に竜馬自身の名前がないことを不審に思った西郷吉之助(隆盛)がそのことを指摘すると、「わしァ、出ませんぜ」と竜馬。窮屈な役人が嫌いでな、といったあと、あの有名なせりふ「世界の海援隊でもやりましょうかな」と続く。

常識の枠に囚われない奔放さ、そして地位や権力に拘泥しない爽やかさが、この場面に凝縮されており見事である。

で、その後の新政府の四苦八苦ぶりを描いた『翔ぶが如く』をやっとこさ読了したのだけど、竜馬がゆくとはうって変わって、徹頭徹尾、重い・暗い・辛い。借金まみれの新政府、既得権益層(士族)の反乱、欧米列強からのプレッシャー・・と現実的な問題が山積みのなか、大久保利通と西郷隆盛を中心に物語は展開していく。本作は斯様な重い現実を背負うこととなった現実主義者たちの物語だと私は理解した。(世界の海援隊とか気楽なことを言いやがって、という新政府要人の愚痴が聞こえてくるようだ)

ところで今後日本においては「現実的な問題」が次々と顕在化するものと思われる。「国の借金誰が負担するの?」というものから「親の介護どうするよ?」というようなことまで、あらゆる分野・あらゆるレベルで。

『竜馬がゆく』は読んでて心地よいが、『翔ぶが如く』のリアリスト達から学ぶべきことがたくさんあるのではないか、と思った次第。

2010年9月24日金曜日

50音からみる世相

Googleの検索ボックスに文字を入力すると、候補の言葉がずらっと表示される。例えば「あ」と入力すると「アマゾン」「アメブロ」「アスクル」・・という具合に。これらは検索頻度の高い言葉なわけで、つまり世相を反映しているといえるのではないか。50音をGoogleに入れてみて、出てくる言葉について書き残すことは、すなわち今の世の中を書きあらわすことに他ならぬ。

2010年9月23日木曜日

素敵

語源由来辞典によると、「素敵」という言葉の由来は2つの説があるらしい。
ひとつは「すばらしい」に接尾語の「的」がついて「素的」となり、時代の変遷とともに「素敵」となった説。もうひとつは「できすぎ」の倒語「すぎでき」が変化したとする説である。

以上の2つが通説ということをふまえたうえで、私はここに第三の説を提唱したい。すなわち「素(す)の状態の敵」が転じて「素敵」になったと。

花登筐の小説『どてらい男』にこんな情景がある。

大阪のあきんど「猛やん」は立売堀で日々商いに励んでいたが、太平洋戦争が始まり戦況が悪化していくなか赤紙一枚で沖縄の戦線に放り出されることとなった。生粋の商人である猛やんは軍の規律になじめず、戦地で上官といざこざを起こしてしまう。処刑から逃れるため山に逃げ込んだ猛やんであったが、そこで思わぬ出来事に遭遇する。崖をよじ登ってバッタリ出くわしたのは、現在進行形で野糞をしている米兵だったのだ。米兵も猛やんも言葉を失いただ呆然とお互いを見つめあうだけであった…。

つまり鬼畜米英などと叫んでいても、「素」の状態にある敵をいざ目の前にしたとき、「あぁ同じ人間なのね」と深く思い至るこの感じを、古の人々は「素敵」と表現したのではないか。ズボンを下ろし行為に励んでいる米兵を前に、猛やんの発した言葉が聞こえるようである。

「・・素敵やん」

2010年9月22日水曜日

キャリアについての至言(2)

先の両氏とはまた異なる視点で内田先生がキャリアについて述べておられる。曰く

「とにかく<これ、やってください>と懇願されて、他にやってくれそうな人がいないという状況で、<しかたないなあ、私がやるしかないのか>という立場に立ち至ったときに、人間の能力は向上する。ピンポイントで、他ならぬ私が、余人を以っては代え難いものとして、召喚されたという事実が人間を覚醒に導くのです」(『街場のメディア論』30頁)

自分の「適性」や「やりたいこと」を起点に職探しをすることがそもそもの間違いである。まずは働く。働くなかで「切迫した他者の懇請」を受け、それに応えることによって自分の潜在能力は開花する。仕事というのは他者起点であり、その意味で職探しとは受動的な経験であるとの説。

内田先生の語りの軽妙さとも相俟ってすとんと腑に落ちる。そう、はじめからこういう説明をしてくれたらよかったんだよ。万人に通じる真理ではないかもしれないけれど、世のサラリーマンが自分に与えられた状況を受け容れ、「俺のやりたいことはこんなことじゃないんだよなあ」と愚痴りつつも、目の前の仕事をプロダクティブにこなしていくための思想として白眉だと思う。

願わくば会社も従業員も内田式哲学でもって仕事に取り組むような趨勢になるといいなあと思う一方(というか昔はそうだったはず)、日本の現状を鑑みると難しいのではないかと沈鬱になる。派遣労働者の増加という事実が「誰でもできそうな仕事」の蔓延を雄弁に物語っているから。

ともかく「切迫した他者の懇請」があれば、快く引き受けていこうと思います。まずはできることから。

2010年9月20日月曜日

僕たちの将来

食事の席で社内の英語公用化が話題になる。

当社において「人材のグローバル化」を推進することはもはや疑う余地のない経営目標と考えられており、そこから派生する言語障壁という問題をクリアするための英語公用化である。ここで人材のグローバル化とは会社組織の全ての層(事務スタッフから管理職にいたるまで)に外国人を取り込むことをいう。

「なるほど。でも、そもそも人材のグローバル化って必要なんですか。たしかに駐在員のコストは高いけれど…」

「いや、コストの問題ではないんだよ。日本の新卒学生を優先的に採用する理由がないのさ」

そういうことか。坂本龍馬が「世界の海援隊でもやろうかの」と商社を立ち上げた幕末から、一貫して日本人純血主義できた業界であるが、商社の後ろ盾になってくれていた日系メーカーは地盤沈下が著しく、日本国内は縮小均衡で内需を期待できない。要するに国際取引の舞台で、買手と売手のどちらも日本人ではない商売ばかりになりつつあるのだ(なんと大雑把な!)。それなら日本語が出来なくても英語や中国語が出来てガッツのあるシンガポール人や中国人を採用したほうがいいんじゃないの、というのは極めて合理的な発想かと思われる。

代表的商社人が絶滅危惧種に認定される日もそう遠くないかもしれない。

ただね、外国人がマジョリティで朝からクラブサンドウィッチを食べてるようなグローバルな会社になった瞬間に、総合商社はアイデンティティを失うと思うのですよ、直観的に。理屈についてはおいおい考えてみる。