2013年9月16日月曜日

『鉄鼠の檻』(京極夏彦)

「禅」をテーマにしたミステリー小説で、文庫本ベースで1376ページというボリューム感。禅に関しての薀蓄がふんだんにちりばめられており内容が難解なこともあって、本書を読了すること自体が苦行であり、禅修行的な要素をもつという画期的な作品に仕上がっています。

本書を読み進めるなかで、妙に腹に落ちる感じのした一節を以下に引用します。某番組の超能力者 vs 科学者の議論がいつもかみ合わないのは、こういうところに原因があるような。

「妖怪変化- 怪異と云うのはそもそも理解不能のものを理解するための説明として発生したものなんだぞ。云ってみれば科学と同じ役割を持ったものなのだ。その怪異を科学的に考察すると云うのはナンセンスじゃないか。説明機能自体を別の説明機能を用いて説明するなんて愚かで野暮だよ。塩に醤油をかけて喰うようなものだ」

2013年9月15日日曜日

『グーテンベルク』(マイケル・ポラード)

偕成社の「伝記 世界を変えた人々」シリーズ第15巻。
主人公のグーテンベルクは言わずと知れた印刷術の発明者で、人類史上最初のIT革命のトリガーを引いた人物と言えます。

そんな偉大な人物の伝記にも関わらず、第一章の表題は「気がかり」。なんて冴えない表題なんでしょうか。共同経営者であるフスト氏との裁判に完敗し、20年がかりで完成させた印刷機械や事業を失うところから話は始まります。部下にも「わたしたちも生活してゆかねばなりません」と見放され、ひとり途方に暮れるグーテンベルク。哀れグーテンベルク。悪漢フストに天誅を! 

しかし読み進めていくと、実は印刷機械の開発や膨大な印刷実験にかかる費用は全てフスト氏の融資によって支えらており、しかもグーテンベルクは借金を再三踏み倒していたことが判明します。
そう、冒頭の裁判は「貸した金を返せないなら、てめえが開発したもの全部渡しやがれ」という訴えによるものだったのです。グーテンベルクはこういったいざこざをいろいろなところで起こしていたようで、皮肉にもそれらいざこざの裁判記録が謎の多いグーテンベルクの足跡をたどる有力な資料になっているそう。

本書では、最後は「借金をさらに増やしてでも仕事をやり遂げたこと」、そして「印刷術によって自由な知識へのとびらを開けたこと」を評価し、グーテンベルクについてポジティブな終わり方で締めくくっています。が、その裏で事業資金を供給し続けたフスト氏にももっとスポットライトが当たってよいのではないでしょうか。いやもちろん余人をもって代え難いのはグーテンベルクのほうですし、キュリー夫人やマザー・テレサと比べ「フスト」では役不足感は否めないので、「グーテンベルク with F」ぐらいのつつましやかなポジショニングで伝記になること期待します。